礼拝次第・説教要約

2026年8月23日 第四主日礼拝

前 奏

招 き  Ⅱコリント1:4~5

賛 美  讃美歌21 26「グロリア、グロリア、グロリア」

主の祈 

交 読  交読詩編65編

賛 美  讃美歌21 361「この世はみな」

祈 り 

賛 美    讃美歌21 204「よろこびの日よ」

聖 書    エレミヤ書40章1~6節(「新共同訳」旧約1252頁)

説 教  「見守り」   丸茂 誠牧師

祈 り 

賛 美    讃美歌21 531「主イエスこそわが望み」

献   金

賛 美   讃美歌21 28「み栄えあれや」

祝 祷 

後 奏

報 告

《今週の聖句》 

見よ、イスラエルを見守る方は

まどろむことなく、眠ることもない。

主はあなたを見守る方

あなたを覆う陰、あなたの右にいます方。  ― 詩編121:4,5

《本日(2026年8月23日)のメッセージ要約》エレミヤ40章1~6節「見守り」 

 バビロニアによってエルサレムは陥落し、ユダ王国の主要な人々はバビロニアへ捕囚とされることとなりました。しかしエレミヤは解放され、国に残ることとなった人々と共に歩むことになりました。総督として任命されたゲダルヤは人々を治める拠点をエルサレムからミツパという場所に移しました。「ミツパ」は「見張り台」という意味です。

 エレミヤが預言者として召された時、神様が御言葉を成し遂げようと見張っているということを告げられました。「主の言葉がわたしに臨んだ。『エレミヤよ、何が見えるか。』わたしは答えた。『アーモンド(シャーケード)の枝が見えます。』主はわたしに言われた。『あなたの見るとおりだ。わたしは、わたしの言葉を成し遂げようと見張っている(ショーケード)』。」(1章11節12節)神様はエレミヤを通して告げられていた通り、ユダ王国の人々に対する裁きを行われ、主な人々はバビロニアへ捕囚となりました。そして、ユダの地ではミツパが新しい拠点となり、残された人々の歩みが始まりました。エレミヤはバビロニアではなく、ミツパ(見張所)において、神様がご自身の御言葉の実現を成し遂げようと見張っている、このことを鑑み、預言者としてどこまでも神様の御心に仕えようとしていたのではないのでしょうか。

 神様が見張られるのは、私たちが間違ったことをしないかどうか心配だからとか、失敗したら咎めようとかそうした理由からではなく、ご自身の御言葉の実現を図っておられるからです。神様は御言葉の実現として、私たちに御子イエスを与えてくださいました。私たちが祝福を得るようにと心を配ってくださっている、そのために神様はいつも私たちを見守っておられます。慈しみに満ちた神様の御心に一つ一つをお委ねして歩みたいと願います。   丸茂 誠

2026年8月16日 第三主日礼拝

前 奏

招 き  ゼカリヤ3:10

賛 美  讃美歌21 28「み栄えあれや」

主の祈 

交 読  交読詩編76編

賛 美  讃美歌21 505「歩ませてください」

祈 り 

賛 美    讃美歌21 530「主よ、こころみ」

聖 書    エレミヤ書34章1~7節(「新共同訳」旧約1242頁)

説 教 「苦しみを知る者として」   丸茂 誠牧師

祈 り 

賛 美   讃美歌21 404「あまつましみず」

献   金

賛 美   讃美歌21 25「父・子・聖霊に」

祝 祷 

後 奏

報 告

《今週の聖句》 

神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるので、わたしたちも神からいただくこの慰めによって、

あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます。  ― Ⅱコリント1:4

《本日(2026年8月16日)のメッセージ要約》エレミヤ34章1~7節「苦しみを知る者として」

    ユダ王国の最後の王ゼデキヤに望んだ神様の御言葉が記されています。ゼデキヤは即位当初はバビロニアの傀儡でしたが、次第に反攻を計画していきました。これに対し、バビロニアはユダ王国に攻撃をしかけ、王国は窮地に立たされることとなりました。そのような時に、エレミヤを通して神様の言葉が臨みました。それは、ゼデキヤ王がバビロニアへ捕囚となるが、しかし平和のうちに死を迎え葬られる、という内容でした。神様はゼデキヤに対し、苦難を経ても、神様との関係に生きる平和のもと、その身をご自分のもとに引き取るとの導きを明らかにしたのですが、しかしながら8節以下にはゼデキヤが神様の御心に適う道を歩むことができなかったことを記録しています。8節の言葉では「ゼデキヤ王が、エルサレムにいる民と契約を結んで奴隷の解放を宣言した」との言葉が記されています。この宣言は神様の御言葉に従って果たした行いではありませんでした。ゼデキヤには、律法の規定を守ることで、神様は窮地から救ってくださるのではないかとの期待がありました。奴隷の解放を宣言したゼデキヤでしたが、エジプトが進軍してバビロニアが撤退し、窮地を脱する事態となった時、契約を反故にし、再び人々を徴用したのです。ゼデキヤは心から神様に向き合って歩んではおらず、目に見える事柄に心を傾けてしまったのでした。私たちは自分を主として身勝手に神様を捉え、自分が抱える状況を良くするための手段として他者を利用しようとしてしまいますが、聖書は私たちに、神様が私たちの苦しみをご自分の苦しみとして担われるということ、この正しさを明らかにしています。主イエスの十字架と復活の出来事により、神様は過ちに対する裁きや罪に対する罰をもって臨んでおられるのではなく、私たちの苦しみをご自分の苦しみとして心に留めてくださるということをはっきりと示してくださいました。神様を望み見て、隣人と共に歩みます。 丸茂 誠

2026年8月9日 第二主日礼拝

前 奏

招 き  イザヤ57:19

賛 美  讃美歌 544「あまつみたみも」

主の祈 

交 読  交読詩編62編

賛 美  讃美歌 215「あしたのひかり」

祈 り 

賛 美    讃美歌 531「こころの緒琴に」

聖 書    エレミヤ書28章1~9節(「新共同訳」旧約1228頁)

説 教 「平和を預言する者」   丸茂 誠牧師

祈 り 

賛 美    讃美歌 312「いつくしみ深き」

献   金

賛 美    讃美歌 540「みめぐみあふるる」

祝 祷 

後 奏

報 告

《今週の聖句》 

わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。

心を騒がせるな。おびえるな。 ― ヨハネ14:27

《本日(2026年8月9日)のメッセージ要約》エレミヤ28章1~9節「平和を預言する者」 

 預言者ハナンヤと預言者エレミヤの対峙が記されています。エレミヤは、70年間バビロニアでの捕囚に服するようにと語りました。一方でハナンヤは神様がこの困難を打ち砕いてくださると告げました。エレミヤはハナンヤに対し、真の預言者は平和を預言する者であると明らかにしました。「平和」とは争いがない状態ということよりも神様との関係に生きているということを示します。神様はご自身の御言葉を実現されるので、人は預言の成就を見て初めて真の預言者の姿を見ます。神様が主である中で語られるのが御言葉です。一方でハナンヤが語った平和は、神様との関係において見つめられたことではありませんでした。その平和は、人間によって見つめられた事柄でした。自分たちが希望を持てることや人々が喜ぶことを神様からの言葉であるかのように語ってしまう、そうした自分が主である中で語られた言葉がハナンヤの言葉であったのです。私たちが考えるところの平和というものにおいて、そこに平和などないと捉えられることを神様はエレミヤを通して示されました。バビロニアの手に引き渡されることは、納得ができないし、なぜと問わざるをえないことです。しかし、そのことを通して神様は罪多きユダ王国の人々をご自分のもとに立ち帰らせ、回復させること、神様との関係に生きる平和を示されたのでした。

 神様は平和を主イエスにおいて示されました。理解し難い事柄、不条理な出来事によって痛みを抱える私たちに寄り添い、私たちの苦しみをご自分の苦しみとしてくださる、この神様の御心が救い主イエスに表されました。神様の御心を受け取り、神様が示された平和の御言葉を証して歩みたいと願います。  丸茂 誠

2026年8月2日 第一主日礼拝

前 奏

招 き  コロサイ1:19~20

賛 美  讃美歌 545「父の御神に」

主の祈 

交 読  交読詩編33編

賛 美  讃美歌 19「みこえきくとて」

祈 り 

賛 美    讃美歌 56「七日(なぬか)のたび路」

聖 書    エレミヤ書22章1~9節(「新共同訳」旧約1216頁)

説 教 「聞くこと」  丸茂 誠牧師

祈 り 

賛 美    讃美歌 239「さまよう人々」

献   金

聖餐式

賛 美    讃美歌 543「主イエスのめぐみよ」

祝 祷 

後 奏

報 告

《今週の聖句》 

天よ聞け、地よ耳を傾けよ、主が語られる。  ― イザヤ1:2a

《本日(2026年8月2日)のメッセージ要約》エレミヤ22章1~9節「聞くこと」 

   エレミヤ書22章にはユダ王国の王に向けて告げられた神様の言葉が記され、神様の言葉を聞くことを教えています。2節には「主の言葉を聞け」との言葉が記されていますが、ここでの「言葉」とは「律法」のことを指しています。続く3節では「正義と恵みの業を行い」とあり、見つめられているのは、神様との正しい関係に生きる時、他者との関係もまた正しいものとなるということです。「正義と恵みの業を行う」というのは神様の言葉によって示されたことを聞くこと、神様が示された律法を守ることで、このことを通して、神様との関係に生き、また他者との関係に生きるのが主なる神を信仰する者の歩みであるということを表しています。そのことで前提となっているのは、正義や恵みというものが、自分の考えによるところの正しさや自分だけの恵みによるものではなく、神様に由来する正しさや恵みであるということで、神様との正しい関係に生きることができるのは、ただ神様からの恵みによるのである、このことに立ち帰ることを求めているのです。王国時代、王をはじめ人々の歩みは神様の言葉を聞くことができませんでした。それゆえ神様はバビロニアによる裁きをもって王国時代を終わらせました。しかし、その裁きは人々の回復を願ってのことであり、神様は人々と相対し、見放されることはありませんでした。 

   神様は、御子イエスをこの世に与えられ、神様の御心に適い、すべての人を導く方として主イエスは私たちの本当の王様となられました。神様は主イエスを通して「正義と恵みの業」を果たされました。罪深い私たちのことを神様は祝福してくださり、良い知らせをもたらされました。主イエスはすべての人の王として、私たち一人一人を神様の正義と恵みの業に与らせてくださったのです。  丸茂 誠

2026年7月26日 第四主日礼拝

前 奏

招 き    詩編18:47

賛    美   讃美歌 539「あめつちこぞりて」

主の祈 

交 読  交読詩編41編

賛 美  讃美歌 23「くるあさごとに」

祈 り 

賛 美  讃美歌 508「主よ、日に日に」

聖 書  エレミヤ書16章14~21節(「新共同訳」旧約1207頁)

説 教 「新しい歩み」  丸茂 誠牧師

祈 り 

賛 美     讃美歌 353「いずみとあふるる」

献   金

賛 美     讃美歌 543「主イエスのめぐみよ」

祝 祷 

後 奏

報 告

《今週の聖句》 

わたしがあなたと共にいて助け

あなたを救い出す、と主は言われる。    ― エレミヤ15:20c

《本日(2026年7月26日)のメッセージ要約》エレミヤ16章14~21節「新しい歩み」 

 エレミヤ書は、神様の言葉を聞かなかったイスラエルの人々がバビロニアによって裁きを受けていくという内容を記していますが、しかしその神様による裁きは人々が再び主に立ち帰って歩むことを望んだ神様の豊かな御心によるものであったということについてもまた明らかにされているところです。16章14節以下には、神様から回復がもたらされる日が与えられるということについて記されています。かつてイスラエルの人々はエジプトで奴隷とされていた時、神様が遣わされたモーセを通して導きを受け、エジプトを離れ、神様が示された地へと移り住むことができ、時を経て国を形成するまでに至りました。エジプトから脱出した時においても神様の業によって想像を超える出来事がもたらされたことを受けとめた人々でありましたが、今度はバビロニアからの解放がもたらされ、エルサレムへと帰り着き、今度こそ神様を知る者とされる、このような日が神様によって与えられると告げられています。

 私たちは主イエスによって神様からの驚くべき御業がもたらされました。御子イエスの十字架の死と復活の命によって、罪からの解放と神様のもとに生きていることを知らされています。救い主の存在を十字架につけてしまうほどに人の罪が極まりました。エレミヤの時代においても、主イエスの時代においても、そして現代においても、人の罪は極まり、人は神様の慈しみのもとに留まることができません。そのような私たち人間に対して、神様は人を裁くということをもってではなく、人の弱さや痛みをご自分のものとされて引き受けられる、このことをもって、私たちのための回復を用意されているのです。 丸茂 誠

2026年7月19日 第三主日礼拝

前 奏

招 き  イザヤ54:10

賛 美     讃美歌 546「聖なるかな」

主の祈

交 読  交読詩編100編

賛 美  讃美歌 166「イエス君は」

祈 り 

賛 美    讃美歌 514「よわきものよ」

聖 書   マルコによる福音書8章31~9章1節(「新共同訳」新約77頁)

説 教 「イエスの御後を行く」   角野 裕三師

祈 り 

賛 美   讃美歌 294「みめぐみゆたけき」

献   金

賛 美   讃美歌 541「父、み子、みたまの」

祝 祷 

後 奏

報   告

《今週の聖句》 

また、イエスは言われた。「はっきり言っておく。ここに一緒にいる人々の中には、神の国が力にあふれて現れるのを見るまでは、決して死なない者がいる。」  ― マルコ9:1

2026年7月12日 第二主日礼拝

前 奏

招 き  哀歌3:25

賛 美  讃美歌 544「あまつみたみも」

主の祈 

交 読  交読詩編93編

賛 美  讃美歌 24「父のかみよ」

祈 り 

私の好きな賛美のお話  

賛 美 讃美歌第二編 195「キリストにはかえられません」

私の好きな賛美のお話

賛 美 讃美歌 496「うるわしの白百合」

聖 書 エレミヤ書4章1~2節(「新共同訳」旧約1180頁)

賛 美 讃美歌 11「あめつちにまさる」

献   金

賛 美   讃美歌 542「世をこぞりて」

終 祷 

後 奏

報 告

《今週の聖句》 

息あるものはこぞって / 主を賛美せよ。

ハレルヤ。 ― 詩編150:6

2026年7月5日 第一主日礼拝

前 奏

招 き  エレミヤ9:22~23

賛 美    讃美歌 545「父の御神に」

主の祈

交 読    交読詩編2編

賛 美    讃美歌 27「とこ世につきせぬ」

祈 り 

賛 美   讃美歌 285「主よ、み手もて」

聖 書   イザヤ書64章1~11節(「新共同訳」旧約1166頁)

説 教 「あなたの御手」  丸茂 誠牧師

祈 り 

賛 美   讃美歌 90「ここもかみの」

献   金

聖餐式

賛 美   讃美歌 540「みめぐみあふるる」

祝 祷 

後 奏

報 告

《今週の聖句》 

わたしたちは粘土、あなたは陶工

わたしたちは皆、あなたの御手の業。    ― イザヤ64:7b

《本日(2026年7月5日)のメッセージ要約》イザヤ64章1~11節「あなたの御手」 

 今日与えられましたイザヤ書64章は、神様が私の主であるということを告白する言葉が綴られています。この章で伝えられていることとしては、神様の存在が証しされる時、その存在の前に山々は揺れ動くほどで、神様は考えてもいなかった驚くべきことを行ってくださる方であると歌われていますが、しかし、私たちの罪により神様は力を示してくださらなくなったと自覚する中にあって、特に7節の言葉において、神様によって私たちの存在が成り立っていると宣言し、神様の主権に身を委ね、神様の御心を求める姿勢が表されている、そのような内容となっています。

 「しかし、主よ、あなたは我らの父。わたしたちは粘土、あなたは陶工/わたしたちは皆、あなたの御手の業。」(7節)神様は私たちの父であるとありますが、父は子に対して、最も良いこと、最善を与える存在であると捉えられます。続く言葉で、「わたしたちは粘土、あなたは陶工」とあり、神様は陶工が粘土をもって陶器を作るように、神様が私たちの主であり、私たちを造ることも壊すこともできるのが神様でありますが、同時に神様は父です。神様は私たちのためを思い、私たちを心に留め、私たちに最善を与えてくださる方です。捨てることも壊すこともできる神様は、しかし最善を与えてくださる父です。陶器が陶工に物申すことができないのと同じように、形づくられる私たちの要望に答える謂れなどないにもかかわらず、私たちのために神様はおられ、私たちが望むこと以上に、私たちの思いを越えた最善をもたらされる、このことを受け取って、神様の御手に自らを委ねること、神様が示されることに心を向けていくことが告白されているのです。                   丸茂 誠

2026年6月28日 第四主日礼拝

前 奏

招 き  ホセア10:12

賛 美  讃美歌21 26「グロリア、グロリア、グロリア」

主の祈 

交 読  交読詩編4編

賛 美  讃美歌21 7「ほめたたえよ、力強き主を」

祈 り 

賛 美    讃美歌21 481「救いの主イエスの」

聖 書    イザヤ書58章1節~2節(「新共同訳」旧約1156頁)

説 教 「恵みの業」    丸茂 誠牧師

祈 り 

賛 美    讃美歌21 127「み恵みあふれる」

献   金

賛 美   讃美歌21 25「父・子・聖霊に」

祝 祷 

後 奏

報 告

《今週の聖句》 

恵みの業を行い、神の裁きを捨てない民として

 彼らがわたしの正しい裁きを尋ね  神に近くあることを望むように。    ― イザヤ58:2b

《本日(2026年6月28日)のメッセージ要約》「恵みの業」 

 「喉をからして叫べ、黙すな/声をあげよ、角笛のように。わたしの民に、その背きを/ヤコブの家に、その罪を告げよ。」(1節)預言者の口を通して、神様は人々の罪を明らかにされます。黙さずに叫び、声をあげるのは、人々に罪を告げ知らせるためですが、しかしそのことと合わせて、人々が神に立ち帰るようにとの神様の御心がありました。神様は人々の罪ある姿を心に留めるからこそ、そこからの回復を願い、預言者を遣わして人々に呼びかけられました。その神様の御心は2節に表されています。「彼らが日々わたしを尋ね求め/わたしの道を知ろうと望むように。恵みの業を行い、神の裁きを捨てない民として/彼らがわたしの正しい裁きを尋ね/神に近くあることを望むように。」人々が日々神様を尋ね求め、神様が示される道に生きることを望むように、また、隣人に対して恵みの業を行い、神様の正しさをないがしろにすることなく、神様と共にあることを望むように、そのように神様は願っておられるということが明らかにされています。「あなたが呼べば主は答え/あなたが叫べば/「わたしはここにいる」と言われる。軛を負わすこと、指をさすこと/呪いの言葉をはくことを/あなたの中から取り去るなら/飢えている人に心を配り/苦しめられている人の願いを満たすなら/あなたの光は、闇の中に輝き出で/あなたを包む闇は、真昼のようになる。」(9、10節)たとえ罪を犯し、神様から離れてしまっても、神様は呼びかけられ、その声を聞くことができる、そして「わたしはここにいる」と待っていてくださる神様に立ち帰り、神様を呼び求めて生きる時、他者と共に生きる者となり、神様からの恵みを分け与えていく働きをなしていくのだと告げられています。    丸茂 誠

2026年6月21日 第三主日礼拝

前 奏

招 き  イザヤ43:12

賛 美  讃美歌21 85「サント、サント、サント」

主の祈 

交 読  交読詩編130編

賛 美  讃美歌21 58「み言葉をください」

祈 り 

賛 美    讃美歌21 226「輝く日を仰ぐとき」

聖 書    ルカによる福音書18章35節~43節(「新共同訳」新約145頁)

説 教  「切り札」   黒田 秀雄さん

祈 り 

賛 美    讃美歌21 475「あめなるよろこび」

献   金

賛 美    讃美歌21 28「み栄えあれや」

終 祷 

後 奏

報 告

《今週の聖句》 

そこで、イエスは言われた。「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った。」  ― ルカ18:42

2026年6月14日 第二主日礼拝

前 奏

招 き  詩編100:3

賛 美  讃美歌21 26「グロリア、グロリア、グロリア」

主の祈 

交 読  交読詩編19編

賛 美  讃美歌21 17「聖なる主の美しさと」

祈 り 

賛 美    美歌21 456「わが魂を愛するイエスよ」

聖 書   イザヤ書46章1節~4節(「新共同訳」旧約1137頁)

説 教 「背負うこと」  丸茂 誠牧師

祈 り 

賛 美   讃美歌21 579「主を仰ぎ見れば」

献   金

賛 美   讃美歌21 25「父・子・聖霊に」

祝 祷 

後 奏

報 告

《今週の聖句》 

わたしが担い、背負い、救い出す。  ― イザヤ46:4c

《本日(2026年6月14日)のメッセージ要約》イザヤ46章1~4節「背負うこと」

 バビロニアの神々の像が家畜に負わせて運ばなければならない存在であるところ、主なる神様は、家畜に担われるような存在ではなく、むしろ私たちを担ってくださる存在であるということについて強調して告げられています。私たちを背負ってくださること、それは一時の間だけのことではなく、生まれた時から老いる日まで、いつも背負っておられる、なぜなら、神様は私たちを造ってくださった方であるからで、神様は私たちの造り主として、私たちを担い、背負い、救い出してくださると告げられています。

 神様の御心が「背負う」という言葉に表されています。神様が私たちを背負われてゆくというのは、神様が私たちの重荷を代わりに引き受けて担っておられること、神様が私たちのことをこの上なく愛して守ってくださっていること、その恵みに満ちた神様の存在、神様の御心について示しています。神様は私たちが生きることにいつも目を留められており、生まれた時から老いる日まで、私と共におり、私の苦悩をご自分のこととして背負っていてくださり、私を神様の恵みで満たしてくださるのです。神様こそが私たちを担い、背負い、救い出す存在であること、そのことは私たちの力などに根拠があるからではなく、神様がご自身の御言葉を実現される、その誠実さに基づくものです。

 神様は御言葉の実現を主イエスによって、すべての人に明らかにしてくださいました。主イエスは私たちの罪を引き受けて十字架にかかられ、復活を通して、神様が私たちを背負っていてくださることを証しされました。神様は私たちを心に留め、背負っていてくださっています。神様に委ねる信仰の歩みへ踏み出していきましょう。      丸茂 誠

2026年6月7日 第一主日礼拝

前 奏

招 き  マラキ3:17

賛 美  讃美歌 544「あまつみたみも」

主の祈 

交 読  交読詩編14編

賛 美  讃美歌 465「うれしき朝よ」

祈 り 

賛 美     讃美歌 6「われら主をたたえまし」

聖 書     ヨハネによる福音書18章33節~40節(「新共同訳」新約205頁)

説 教

祈 り 「主の声を聞いて」   丸茂 誠牧師

賛 美   讃美歌第二編 59「すべてのもの統(し)らすかみよ」

献   金

聖餐式

賛 美   讃美歌 543「主イエスのめぐみよ」

祝 祷 

後 奏

報 告

《今週の聖句》 

真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。    ― ヨハネ18:37d

《本日(2026年6月7日)のメッセージ要約》ヨハネ18章33~40節「主の声を聞いて」

 今年度の主題聖句は、ヨハネによる福音書18章37節d、「真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」との言葉です。真理とは神様を表します。主イエスが真理について、すなわち神様について説き明かすことによって、この世の不誠実や見せかけが明らかにされます。そのことに私たち人間は耐えられません。なぜならば、真実が明らかにされなければ守ることができるものがあるからです。そこで、主イエスを排除し、主の復活を否定して、自分だけの立場や利益を守ることに躍起になります。私たちは弱さや至らなさを抱え、見せかけの平和、表面上の安息を取り繕うのです。 この世の事柄に真実がなければ、他者や自分を本当に労ることができません。そうしたこの世というものに神様は主イエスを与えてくださり、神様が共にいてくださる、この真実をもたらしてくださいました。神様に属する人として私たちはこの世において主イエスが示された真実の御言葉を聴き、神様に向かって歩み出していく者ができるのです。この世の闇、私たちが抱える痛みや悲しみ、傲慢さや弱さ、そのただ中に神様は御子を与えられ、御子が私たちの救い主として、その命をもって神様の慈しみを表してくださいました。人々が嘲りの眼差しを向けるその場所で、主イエスは真理を証ししてくださいました。私たちが生きている、この事柄において主イエスが神様を証ししてくださっていることを覚え、主の声を聞いていきます。また主の声を伝えていくことへと踏み出していきます。揺るがない真理に立って歩みましょう。    丸茂 誠

2026年5月31日 第五主日礼拝

前 奏

招 き  ルカ4:21

賛 美 

主の祈  讃美歌21 26「グロリア、グロリア、グロリア」

交 読  交読詩編138編

賛 美  讃美歌21 343「聖霊よ、降りて」

祈 り 

賛 美    讃美歌21 475「あめなるよろこび」

聖 書    使徒言行録2章32~33節(「新共同訳」新約216頁)

説 教   「今日、見聞きしている」   丸茂 誠牧師

祈 り 

賛 美    讃美歌21 564「イエスは委ねられる」

献   金

賛 美    讃美歌21 25「父・子・聖霊に」

祝 祷 

後 奏

報 告

《今週の聖句》 

あなたがたは、今このことを見聞きしているのです。   ― 使徒2:33b

《本日(2026年5月31日)のメッセージ要約》使徒2章32~33節「今日、見聞きしている」

   聖霊に満たされてペトロは、イエスこそが救い主であること、主イエスによって神様の恵みの計画が明らかにされたことを語りました。「神はこのイエスを復活させられたのです。わたしたちは皆、そのことの証人です。」(32節)。この言葉は、神様がすべての人と共におられるということを説く言葉です。主イエスの十字架の死と復活の命を通して知らされたこと、それは神様がすべての人と共におられるということで、私たちはそのことの証人であるとペトロは明らかにしました。主イエスが個人の力によって復活を成し遂げたのではなく、神様が主を復活させられたゆえに、私たちもまた神様から与えられる力によって起き上がる者とさせられます。ペトロはじめ主イエスを信じる人たち、また私たちを証人としたのは、主イエスであり、主を証しする歩みに踏み出していくために与えられたのが聖霊でありました。また、主イエスの十字架と復活、昇天と聖霊が与えられた出来事を示して、誰もが神様のもとに生きている、この真理を今、あなたがたは見聞きしている、とペトロは伝えました。「それで、イエスは神の右に上げられ、約束された聖霊を御父から受けて注いでくださいました。あなたがたは、今このことを見聞きしているのです。」(33節)あなたがたは今、主イエスのことを知らされた、あなたがたは今、神様の御旨を聞くこととなった、あなたがたは今、聖霊を受けて証人として語る私たちを見ている、このことをどう受けとめるのかと語りかけたのです。この語りかけを私たちもまた受けとめます。今日、聖霊を受けている、今、神様と共にいる、このことを日々知らされ、証人として歩み出していきます。主イエスは私たちの主である、この喜びにすべての人が招かれていることを語り続けていきます。   丸茂 誠

2026年5月24日 ペンテコステ礼拝

前 奏

招 き  イザヤ55:5

賛 美   讃美歌 545「父の御神に」

主の祈

交 読  交読詩編16編

賛 美  讃美歌 183「主のみたま」

祈 り 

賛 美    讃美歌 333「主よ、われをば」

聖 書    使徒言行録2章1~4節(「新共同訳」新約214頁)

説 教   「関わり」   丸茂 誠牧師

祈 り 

賛 美    讃美歌 270「信仰こそ旅路を」

献   金

賛 美    讃美歌 540「みめぐみあふるる」

祝 祷 

後 奏

報 告

《今週の聖句》 

あなたは、命に至る道をわたしに示し、

御前にいるわたしを喜びで満たしてくださる。  ― 使徒2:28

《本日(2026年5月24日)のメッセージ要約》使徒2章1~4節「関わり」

 聖霊は、私たちが神様から与えられる力によって動いていくために、主の証人として語り出していくために与えられました。4節には聖霊を与えられた人々が「ほかの国々の言葉で話しだした。」とあります。ほかの国々の言葉で語り出していったのは、すべての人たちに届く言葉で語られていったということを示します。使徒言行録2章11節に記された言葉の中には「彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは」とあり、人々の反応について記録されていますが、人々は主の証人として語り出した人たちの言葉が、神の偉大な業について語る言葉だと分かったこと、その言葉が届いたことを明らかにしています。主イエスの十字架と復活の出来事、その出来事は神様の救いの御心の現れであった、これを人々は神の偉大な業だと受け取って聞いたのでした。「ほかの国々の言葉で話しだした。」という出来事は、「関わり」が知らされることとなったという出来事です。神様と私との関わりが知らされることとなりました。神の偉大な業は、すべての人に関わることにほかならない、だからこそ、すべての人に届く言葉で語られていきます。どのような場所にいても、どのような時においても、どのような人にも神様は関わっておられる、それゆえ、主イエスはすべての民を弟子とする歩みを明らかにし、主を信じる一人一人に聖霊が与えられて、神様の御心が広く知らされることとなりました。すべての人に関わり、すべての人が神様と共に生きることへと招かれている、このことがペンテコステの日に明らかにされたのです。                     丸茂 誠